クーベリックのベートーヴェン全集を聴く(上)

ラファエル・クーベリックという「誠実」のかたち

指揮者ラファエル・クーベリックの演奏を聴いていると、「誠実」という言葉が浮かんでくる。
華麗でもなければ、扇情的でもない。けれども、深く、静かに心に染み込んでくる音楽なのである。

1914年プラハ生まれ。
父は名ヴァイオリニストヤン・クーベリック。早くから才能を示し、若くしてチェコ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮する。しかし1948年、祖国が共産化されると亡命。
「自由のない祖国では指揮をしない」として西側へ去った。
音楽家である前に、一人の信念を持った人間だったからだ。

その後、シカゴ交響楽団、ロイヤル・オペラを経て、最も充実した活動の場となったのがバイエルン放送交響楽団である。1961年から長く首席指揮者を務め、数々の名録音を残すことになる。とりわけマーラー**交響曲全集は、いまなお評価の高い仕事である。

クーベリックのマーラーは、劇場的誇張とは無縁である。(バーンスタインのそれとは真逆)
テンポを極端に揺らすこともなく、響きを過度に磨き上げることもしない。むしろスコアを丁寧に読み、構造を自然に浮かび上がらせる。だからこそ、感情は外へ爆発するのではなく、内側からじわりと滲み出てくる。

音楽が演出されるのではなく、存在している。そんな感覚を覚る。

民族的レパートリーでは、その真価がさらに明確だ。
スメタナのわが祖国やドヴォルザークの交響曲では、郷愁と透明感が同居する。祖国を離れざるを得なかった彼にとって、この音楽は単なるレパートリーではなく、心の拠り所だったに違いない。

クーベリックのドヴォルザーク/交響曲全集(未開封品)
クーベリックのドヴォルザーク/交響曲全集(通常品)

そして1990年、「プラハの春」音楽祭で祖国に帰還し、《わが祖国》を指揮した姿は、音楽史の象徴的な瞬間となった。
亡命から40年以上を経て、自由となった祖国で振る祖国の音楽。その響きには、言葉を超えた重みがあったはずだ。

クーベリックは、カラヤンのような人工美を追求するタイプではない、チェリビダッケのように哲学を前面に押し出す指揮者でもない。
彼はもっと静かな人でした。音楽を支配するのではなく、音楽に仕える。その姿勢は一貫しています。

だからこそ、彼のLPを聴くと、不思議な安心感があります。派手さはない。だが、嘘もない。音楽が真っ直ぐこちらへ届いてくる。聴くたびに派手な発見があるわけではないのに、何度も戻りたくなる。
そんな「誠実さ」が刻まれている。

音楽を信じること。
楽譜を信じること。
そして、人間の自由を信じること。

ラファエル・クーベリックという指揮者は、その三つを体現した存在だったのではないでないか。

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