クーベリックのベートーヴェン全集を聴く(下)

クーベリックの理想が結実

ラファエル・クーベリックのベートーヴェン交響曲全集は、数ある全集の中でも、きわめてユニークな存在だ。

録音は1970年代。
最大の特徴は「各交響曲を、それぞれ異なるオーケストラで録音した」という大胆な構想にある。

通常、全集というものは一つのオーケストラとじっくり腰を据えて録音するのが常道。
しかしクーベリックは違った。
第3番はベルリン・フィル、第7番はウィーン・フィル、第9番はバイエルン放送交響楽団……というように、各曲に最適と考えたオーケストラを選び分けたのだった。

クーベリックのベートーヴェン/交響曲全集(未開封品)

これは決して単なる話題づくりではない。
ベートーヴェンの交響曲は、それぞれ性格がまったく異なる作品群だ。
若き日の明朗さ、英雄的闘争、自然へのまなざし、祝祭的舞踏、そして人類愛。クーベリックは、それらを一様な色で塗り固めるのではなく、オーケストラの個性と結びつけることで、多面的なベートーヴェン像を描こうとしたのではないか。

彼のベートーヴェンは、過度に劇的でもなければ、ロマン派的に肥大することは決してない。
テンポは自然で、フレーズは明晰。リズムは引き締まり、構造が透けて見える。いわば「誠実なベートーヴェン」なのだ。

第5番では推進力が鋭く、第6番「田園」では透明な呼吸が広がり、第7番では舞曲的リズムがしなやかに躍動する。そして第9番では、壮大でありながらも決して声高にならない、人間的な温もりがひしひしと感じられる。

特筆すべきは、第9番を担当したバイエルン放送響との相性の良さだ。
クーベリックが長く関係を築いたこのオーケストラとの演奏は、響きが柔らかく、しかも芯が強い。彼の理想がもっとも自然に結実した瞬間といえる。

そしてこの全集、実は意外なほど入手が難しい

LPボックスは流通量が多くなく、状態の良いセットは年々減少している。8枚組という物量ゆえに保存状態に差が出やすく、完品で出会える機会は決して多くはない。(今回は未開封盤!)

CDでも再発はあったが、常時流通しているわけではなく、マーケットではじわじわと評価が高まりつつある。話題性のある全集ではないがゆえに見落とされがち。しかし、その分、いま探すと「意外に見つからない」という現実がある。

華麗なカリスマ性を求めるなら、他にも選択肢はあると思う。
しかし、楽譜を信じ、音楽そのものを信じるベートーヴェンを求めるなら、この全集は静かに応えてくれるに違いない。

オーケストラの違いを楽しみながら、一つの理想に貫かれた9つの交響曲を聴く喜び。
派手ではないが、何度も戻りたくなる全集。

クーベリックという指揮者の誠実さが、もっとも純粋な形で刻まれたベートーヴェン。それがこの全集だ。

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