当店ではステレオサウンド誌上には、開店(2002)以来広告を掲載しております。
広告の内容はスタート時にいろいろと検討しましたが、
半分は、「店主エッセイ」
の残り半分は、新入荷したLPのジャケット写真
を掲載することにいたしました。
題して、
「オーディファイルのためのLPガイド」。
12月12日に発売された第237号のページはこんな感じです。

以下は今回の文章の全文です。
オーディオファイルのためのLPガイド
金子 学
ETERNAレーベルの魅力を探る
今回はベルリンの壁の崩壊前に存在し、独特なレパートリーと魅力的な音色で今でもオーディオファイルを虜にしている、旧東独ETERNAレーベルのお話。
その歴史
東ドイツの国営クラシック・レーベル ETERNA は、1947年に設立された「ドイツ音楽出版・録音協会(VEB Deutsche Schallplatten)」の一部門として誕生した。戦後の分断国家において、西側にDGGやTELEFUNKENが存在したのに対し、ETERNAは社会主義国家の文化政策のもと、DDR(旧東ドイツ)唯一のクラシック専門レーベルとして活動を続けた。
当初はSP盤を製作していたが、1950年代後半からステレオ録音を導入。コレクターに珍重される緑ラベルや白扇ラベル(写真1)の初期盤はこの時期に生まれた。

(写真1)
過度なエコーや加工を避けた録音は自然で奥行きがあり、クラウス・シュトリューベンら名エンジニアの手腕によって、今も評価の高い音質が実現された。
ETERNAの大きな功績は、東側の巨匠たちの録音を数多く残したことである。コンヴィチュニー、ズスケ、オイストラフ、ウルブリヒといった東独の音楽家や、ゲヴァントハウス管、ドレスデン・シュターツカペレ、ベルリン放送響など名門オーケストラの記録が豊富に残され、文化的アーカイブとして重要な役割を果たした。
1960年代以降は黒ラベル(写真2) 期に入り生産が安定。西側のような派手なプロモーションはなかったが、一部はDGGなどを通じて国外に供給され、知る人ぞ知る存在となった。1970〜80年代も安定した制作環境のもと、室内楽や合唱曲などで高水準の録音を残し続けた。
しかし1989年のベルリンの壁崩壊後、1990年に国営企業が解体され、ETERNAも消滅。録音資産はベルリン・クラシックスなど新レーベルに引き継がれ、CDで再発されたが、ETERNAという名のレーベルは過去のものとなった。

(写真2)
現在、ETERNA盤は希少性と音質から世界のコレクターを魅了している。特に初期の緑ラベルや白扇ラベルは高額で取引され、東独という特殊な歴史を背景にした文化遺産として、その価値はますます高まりつつある。
ETERNAレーベルの音色の魅力
クラシック・レコードの世界には、各レーベルごとに独自の個性が宿っているものだが、東ドイツの国営レーベルであったETERNAは、他のどのレーベルとも異なる独特の音世界を築き上げた。その最大の特色のひとつが、「重さ」と「暗さ」を帯びた響きである。これは決して否定的な意味ではなく、むしろ音楽の奥深さを照らし出す陰影として、多くの愛好家を魅了してきた。
まず注目すべきは、録音そのものの哲学である。ETERNAのエンジニアは、過度なエコーや人工的な処理を避け、演奏会場の自然な響きをできるだけ忠実に捉えようとした。特にクラウス・シュトリューベンをはじめとする名エンジニアたちの仕事は、直接音と残響音を無理なく融合させることで、奥行きのある音場を作り出している。結果として、音像が前に飛び出すのではなく、聴き手の前に深い空間が広がるような感覚を生む。この「奥に沈み込む音場」が、聴く者に「重み」を感じさせる大きな要因となっている。
さらにETERNAの音は、中低域にしっかりとした厚みがあることでも知られる。西側のDECCAが華やかな高域の輝きを誇り、DGGが明晰さを重視したのに対し、ETERNAは楽器の基音、つまり胴鳴りや響きの芯の部分を捉えることに重点を置いた。そのため、弦楽器は柔らかくも沈み込むような重厚さを持ち、金管は輝きよりも地を踏みしめるような圧力を帯びる。ピアノ録音においても、煌びやかなアタックより、低音から中音にかけての質感の充実が印象に残る。これが「暗さ」と結びつき、華やかさよりもむしろ落ち着いた深みを備えた音調を形作っている。
こうした音作りは、マスタリングやカッティングの段階にも表れている。ETERNA初期の緑ラベルや白扇ラベルの盤は、無理に高域を持ち上げることなく、あくまでも自然なトーンで刻まれている。そのため、現代のオーディオ装置で聴いても耳に刺さることがなく、むしろ音楽が沈んだ色彩でまとまり、陰影を帯びた魅力を放つ。
この「重さ・暗さ」が演奏解釈に与える効果は計り知れない。例えばオイストラフのヴァイオリンやロストロポーヴィチのチェロは、ETERNA録音において、単なる技巧的妙技を超えて、まるで大地と共鳴するかのような存在感を示す。リヒテルのピアノも、西側の明晰な録音では表に出にくい内声や響きのうねりが、ETERNA盤では生々しく浮かび上がる。これらはすべて、ETERNAが作り出す「暗く沈む音の布地」があってこそ可能となった表現である。
もちろん、華やかな高域の伸びを求める耳には、ETERNAの音は地味に感じられるかもしれない。しかし、この抑制された音色こそが、音楽に陰影を与え、聴き手を深い内省へと誘うのだ。明るく煌びやかな音ではすぐに消えてしまうニュアンスが、ETERNAの重心の低い響きの中ではしっかりと息づき、長く余韻を残す。その「暗さ」は沈鬱ではなく、むしろ精神的な厚みを加える効果を持っている。
他のレーベルと比較してみれば、その個性は一層際立つ。DECCAが光に満ちたホールの輝きを、DGGが緻密な解像度を、EMIが柔らかい気品を表すとすれば、ETERNAは「重厚な陰影」をその本質としている。これは東独という政治的・文化的環境の中で、音楽を外向きの華やかさではなく、内面的な深みへと導いた必然の産物だったのかもしれない。
結果としてETERNA盤は、他にはない音色の魅力を放ち続けている。そこには誇張も装飾もなく、ただ音楽そのものが重みと陰影をまとって佇んでいる。聴き手にとってその響きは、単なる録音再生を超えて、時に演奏家や楽曲の魂に直結するような感覚を与えてくれる。ETERNAの「重さ・暗さ」は、決して欠点ではなく、むしろ音楽を深く味わうための扉を開く鍵なのである。
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クラシックレコード専門店・(株)ベーレンプラッテ 代表取締役
1961年新潟生まれ。
10代からクラシック音楽やオーディオをこよなく愛し、大学・大学院では建築音響を専攻(工学修士)。修了後は、ホールやオーディオルームなどの設計・施工などに従事。2002年からは、輸入クラシックレコード専門店であるベーレンプラッテを立ち上げ現在に至る。
年数十日はヨーロッパ(オーストリアやドイツなど)で過ごし、レコード買い付けや各地のコンサートホールやオペラハウスを奔走する毎日を送っている。
アナログ(音元出版)や放送技術(兼六館出版)などの雑誌にも多数寄稿。
クラシックレコードの世界(ミュージックバード)などの番組でも活躍。
五味康祐のオーディオで聴くレコードコンサート(練馬区文化振興協会)講師。
ウィーン楽友協会会員
ベーレンプラッテ
店主やスタッフたちが、直接ヨーロッパで買い付けをした良質なクラシックレコードのみ扱う専門店。
また、店舗でも使用している店主たちが厳選したレコードケア用品(クリーニングマシンやオリジナル内袋など)も販売中。
<公式SNS>
Facebook:ベーレンプラッテ
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