江川三郎(1932‐2015)さんというオーディオ評論家を、私は単に雑誌を通して知ったのではなく、約40年前私が学生時代にたまたま住む家が近所だったこともあり、個人的なお付き合いを通じて知ることになった。
それ以前、私が彼の名を強く意識したのは、さらに遡ること約60年前、ある雑誌記事を読んだときだった。そこには、当時の常識からすればにわかには信じがたいことが、いくつも書かれていた。
「コンポーネントをつなぐケーブル次第で再生音は変わる」
「家庭用ACコンセントにも極性がある」
今でこそ、オーディオに少しでも関心のある人なら誰もが知っている話だが、当時は違った。多くの人が、私を含めて「そんなばかな」「うそだろう」と感じたはずである。
重要なのは、江川三郎さんがこれらを“挑発的な主張”として書いていたのではない、という点だ。彼の文章には、声高な断定も、感情的な煽りもなかった。
ただ淡々と、「実際に音を聴けば分かる」「試してみればよい」と書いてあった。反論されることを恐れず、しかし論争を煽ることもなく、事実として提示する。その姿勢は一貫していた。
後年、個人的にお付き合いするようになってからも、その印象は変わらなかった。江川さんは、自分が“正しい”ことを証明しようとする人ではなかった。むしろ、「今はまだ多くの人には分からないだろうが、いずれ誰でも分かるようになる」と静かに考えているように見えた。
実際、その通りになった。
ケーブル、電源極性、設置、アクセサリー——かつて「オカルト」と笑われた事柄の多くが、今ではオーディオ再生の基礎的常識として受け入れられている。再生装置の性能が上がり、音楽表現の精度が高まった結果、かつては埋もれていた差異が、誰の耳にも明確に現れるようになったのだ。
江川三郎さんは、流行を作った評論家ではない。
だが、時間が彼の正しさを証明した評論家である。
彼の文章が今読み返しても古びないのは、理屈ではなく「再生音楽そのもの」を信じていたからだろう。
私にとって江川三郎さんは、オーディオの歴史の中で、もっと再評価されるべき存在の一人である。

クラシックレコード専門店・(株)ベーレンプラッテ 代表取締役
1961年新潟生まれ。
10代からクラシック音楽やオーディオをこよなく愛し、大学・大学院では建築音響を専攻(工学修士)。修了後は、ホールやオーディオルームなどの設計・施工などに従事。2002年からは、輸入クラシックレコード専門店であるベーレンプラッテを立ち上げ現在に至る。
年数十日はヨーロッパ(オーストリアやドイツなど)で過ごし、レコード買い付けや各地のコンサートホールやオペラハウスを奔走する毎日を送っている。
アナログ(音元出版)や放送技術(兼六館出版)などの雑誌にも多数寄稿。
クラシックレコードの世界(ミュージックバード)などの番組でも活躍。
五味康祐のオーディオで聴くレコードコンサート(練馬区文化振興協会)講師。
ウィーン楽友協会会員
ベーレンプラッテ
店主やスタッフたちが、直接ヨーロッパで買い付けをした良質なクラシックレコードのみ扱う専門店。
また、店舗でも使用している店主たちが厳選したレコードケア用品(クリーニングマシンやオリジナル内袋など)も販売中。
<公式SNS>
Facebook:ベーレンプラッテ
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